インフルエンザ

人類に最も一般的な病気といえば風邪だろう。風邪はアデノウィルス、コロナウィルス、ライノウィルスなどのいわゆる風邪ウィルスにより起こり、クシャミ、鼻汁、咽頭部痛、軽度粘膜、咳、痰、時に胃腸症状などが現れるが、いずれも軽い。これらの普通の風邪に比べ、症状も重く、病原体のウィルスもまったく異なる悪性の流行病があることは、有史以前から知られていた。急に高熱で発症し、頭痛、背痛、四肢痛が強いのが特徴である。ローマの人びとは、悪性の風邪は流れ星や彗星に影響されて起こると思い、イタリア語の「影響」を意味するinfluenzaをそのまま病名にした。

 

1)臨床像

 

一般的な臨床像は1〜4日の潜伏期間があり、発熱とともに咳嗽、頭痛、筋肉痛、倦怠感が現れ、それらの症状が3〜4日間続く。高熱は、マクロファージが放出するサイトカイン(インターロイキン1)よるもので、これが脳の発熱中枢に作用して熱が出る。発熱は免疫反応を活発にする助けにもなっているので、むやみに解熱しないほうがよい場合もある。重症化すると、乳幼児ではインフルエンザ脳症、年配者や心肺疾患をもつ患者では肺炎になりやすい。インフルエンザの恐ろしさは、その猛烈な感染力による。1918(大正7)年から流行したいわゆるスペイン風邪では、全世界で6億人の感染者と、2300万人の死者を出し、日本でも38万人を超える人が亡くなった。

 

2)インフルエンザウィルス

 

インフルエンザウィルスは、直径一万分の一ミリメートルのたんぱく質に囲まれた球である。内部に8本のRNA(リボ核酸=遺伝情報を伝える物質)を持ち、タンパク質の違いからA型、B型、C型の3つのタイプがある。このうち、世界規模の大流行を起こし、重症のインフルエンザを起こすのはA型である。球の外側には赤血球凝集素(HA)とノイラミニダーゼ(NA)という、二種類のたんぱく質からなるスパイクが出ている。

 

3)ウィルスの抗原性の変異

 

ウィルスが宿主細胞に入ると、たんぱく質の殻が分解され、RNAが細胞内に放たれたれる。宿主細胞内でRNAが大量に複製されウィルスの情報を伝え、たんぱく質を合成し、これらが組み合わせられて新しいウィルスが誕生する。しかしインフルエンザウィルスのRNAは一本鎖で、人間の遺伝子のような二本鎖のDNAよりも不安定であるので、変異を起こし自分のRNAを複製する際に“コピーミス”を起こしやすい。さらにインフルエンザウィルスは、他の多くのウィルスと異なり、人だけでなく、鳥類や豚に感染してからもRNAの変化が起きるので、8本のRNAのいずれかがコピーミスを起こすと、A型のHAスパイクの形も変化し抗原性が少しずつ変異する。中国の一部では、アヒル、鶏、豚などが一緒に飼われており、そこで鳥類に感染するウィルスと、人に感染するウィルスが、ともに豚に感染すると、そこでインフルエンザウィルスの型が変わると、新型ウィルスが現れる。10数年の周期で新型ウィルスが出現して、世界中に大流行を起こす。

 

4)ウィルス感染

 

インフルエンザウィルスはシアル酸を持つ上気道と呼吸器の上皮細胞に感染する。そしてウィルスは、球の表面に千手観音の手のように突き出たHA(赤血球凝集素)が上皮細胞内のシアル酸誘導体と結合し、その細胞内に入り込む。そしてRNAがコピーされ細胞中で活発に増殖し短時間のうちに多数のウィルスを作る。そしてウィルスはNA(ノイラミニダーゼ)という酵素を使って感染細胞のシアル酸を切り細胞外に遊離する。このようにインフルエンザウィルスは細胞から細胞へ感染、伝播していくためにはウィルス表面に存在するノイラミニダーゼの作用が不可欠である。

 

5)抗ウィルス薬

 

1993年、オーストラリアのフォン・イツスタイン博士が、シアル酸を切るノイラミニダーゼの構造をコンピューターで、解析し、酵素を不活性にする薬剤を開発した(リン酸オセルタミビル)。この酵素阻害剤を微粉末として直接気道から吸入すると、インフルエンザウィルスの持つ「伝家の宝刀」が切れなくなり、侵入した細胞内に閉じ込められて、他の細胞への感染が防御され、増殖が抑えられことを見つけた。すなわちリン酸オセタミビルはウィルスのもつノイラミニダーゼ作用を阻害することにより、細胞内で感染増殖したウィルスが細胞外に出ることが出来なくなり抗ウィルス作用を示す。ただし、リン酸オセタミビルはウィルスが極端に増殖した後は効かないので、発症後48時間以内の早期投与が望ましい。このノイラミニダーゼはA型、B型のインフルエンザウィルスに含まれるので、リン酸オセタミビルはA型とB型の両方のインフルエンザ感染に効果がある。