幻の花“トガクシソウ“を訪ねて

トガクシソウは深山の湿り気のある林床に生える多年性草木で、ピンクの可憐な花を咲かせる。戸隠山で発見され、トガクシショウマともいわれ、日本固有の花である。トガクシソウは戸隠のほか鬼無里、白馬など多雪地に見られるといわれるが、現在では野生の花に出会うことは稀で幻の花とされている。

 

昨年5月中旬、知人のTさんがトガクシソウを見に行こうと私を白馬村の名も無い山に案内してくれた。道路脇に車を止め、倒木を避けながら薄暗い雑木林を歩いて行くと、湿地帯があった。そこにはミズバショウとザゼンソウが咲いていたが、何故かいくつかのザゼンソウが食いちぎられていた。Tさんに伺うと「これは熊が食べた跡です。冬眠を終えたばかりの熊は腸をきれいにするためミズバショウやザゼンソウを食べるようです」、そして「これは今朝食べたばかりではないか」と言われた。それを聞いて背筋が寒くなり、すごい所に来たものだと恐怖感をおぼえた。ザックに鈴をつけ、周囲に気をくばりながら山を登り始めると、そこには幾つもの沢があり雪解け水が流れていた。草木につかまり、倒木を避けながら道なき道の急斜面を探し求めたが、行けども行けどもトガクシソウに出会えなかった。幾つかの沢を越え、登り始めて約1時間、ゴツゴツした岩の湿り気のある急斜面にピンクで一輪の花を咲かせたトガクシソウを見つけた。幻の花といわれる野生のトガクシソウを自分の目で見ることができ、「やっと会えたよトガクシソウ」と感激した。一輪の花に元気付けられ、更に奥深く探し求めたが花をつけたトガクシソウは4本しか見つけられなかった。トガクシソウは急斜面に生え、足元は沢筋で足場が悪く不安定で、花の写真を撮るのに苦労した。帰りは同じ方向に山を下りたはずだが残念ながら、出発地点から約300mも離れた場所にたどり着いた。

 

“深山の聖花”、“高潔の花”とも呼ばれるトガクシシソウは5月中旬、熊に出くわしそうな薄暗い林内のやや湿り気のある急斜面に咲いていたが、数は少なかった。うっそうとした樹林帯の中で淡いピンクの花が小さな明かりのように美しかった。しかし雪解け水が流れる多くの沢と、道なき道を登る急斜面は方向感覚が狂い、一人ではとても怖くて行けない深山であった。

 

上段の4枚が昨年5月に私が撮影したもの(AD

下段の4枚は知人のTさんが以前に撮影したもの(EH

 

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