アレルギー反応の促進

 

)日本人の食の原点

 

食の基本はそれぞれの民族が、先祖代々から食べ続けてきた伝統の食文化に適した食べ物をとることにある。地球上で生息している四千種を超える哺乳動物の中で、ヒトは温帯から熱帯にかけて生活し続けてきた。本来の生活圏で暮らしてきた日本人の食事も、そこで採れる米、小麦粉、大豆、野菜、海草、小魚などが主な食べ物であった。しかし、ヒトは火を使い住居に入ることにより、ヒト本来の生活圏でない寒帯にも住めるようになった。それが、北ヨーロッパ、北アメリカの人で、日本でいえば北海道の人々である。寒帯では気候が寒く、水が乏しいために、本来の食文化を維持することは不可能で、彼らがやむをえず口にしたのがパンであり、牛乳、乳製品、肉類などを主体とした代用食文化ということになる。永年、寒帯で暮らしてきた人々にとって、パン、牛乳、乳製品、肉類などは身体に馴染むようになっているので、健康面でも支障がない。しかし、日本人は、戦後になってから今まであまり口にしていなかったパン、牛乳、乳製品、肉類などを食べるようになり、高脂血症、糖尿病などの生活習慣病を引き起こすようになった。

 

)脂肪摂取量

 

戦後の日本人の脂肪摂取量について調べてみると、それまでは20g/日くらいであったものが、1960年以後は約3倍に増えた。その多くは飽和脂肪酸とオレイン酸で肥満の原因になっている。悪玉因子と考えられている六系脂肪酸(リノール酸)56g/日から1415g/日に増えたが、リノール酸の作用を抑制する三系脂肪酸(α−リノレン酸、EPADHA)はそれほど増えていない。これはエイコサペンタエン酸(EPA)やドコサヘキサエン(DHA)が多く含まれる魚には骨があるので食べにくい、水俣病の水銀汚染やPCB汚染などで、魚が敬遠されたことも影響している。このように六系脂肪酸の摂取が増えたのに三系脂肪酸の摂取が増えないアンバランスな食事内容が、戦後の日本人にいろいろな病気を惹き起こすようになった

 

)脂肪酸

略語

名前

多く含む食品・組織

160

パルミチン酸

動物油脂、バター

180

ステアリン酸

動物油脂

181(n-9)

オレイン酸

動物油脂、オリーブ油、バター

182(n-6)

リノール酸

紅花油など多くの種子油

183(n-3)

α−リノレン酸

シソなどの植物の葉、

204(n-6)

アラキドン酸

レバー、卵(卵白)、さざえ、あわび

205(n-3)

エイコサペンタエン酸

イワシ、サバなどの魚油

206(n-3)

ドコサヘキサエン酸

マグロ、サバなどの魚油、脳神経細胞

 

ヒトは糖質・タンパク質を食べると余分なカロリーは飽和脂肪酸(パルミチン酸、ステアリン酸)やオレイン酸などの一価不飽和脂肪酸として脂肪組織(右下表)に貯えられる。飽和脂肪酸は血液中のコレステロールや中性脂肪を増やし、オレイン酸は胃酸の分泌を調整し、腸の運動を滑らかにし、X線、放射線から体を守り、便秘を予防する。植物ではオレイン酸にもう一つ二重結合が増えるとリノール酸ができ、さらに二重結合が増えるとα―リノレン酸ができる。しかし、ヒトではリノール酸、α−リノレン酸を作ることが出来なくて、食事として外から摂取するしかないので、必須脂肪酸とよばれる。

 

必須脂肪酸に含まれるものにはリノール酸、アラキドン酸、α―リノレン酸、EPADHAなどがある。これらは細胞膜のリン脂質の構成要素で、プロスタグランディン、ロイコトリエン、トロンボキサンなどのエイコサノイドを産生する。

飽和脂肪酸

一価不飽和脂肪酸

過剰カロリー

動物性食品

動物性食品

オリーブ油

パーム油

 

砂糖、チョコレート

 

ご飯、牛肉

 

牛乳、卵

 

リノール酸は成長、生殖生理や皮膚の状態を正常に維持する上で必須である。摂取されたリノール酸はヒトの体の機能を保つために必要なアラキドン酸に変換される。アラキドン酸は過剰になると血圧を上げ、血液の凝固を促進し、アレルギー症状を悪化させる。

 

αーリノレン酸は学習機能や網膜機能を高く保つ上で必須である。例外的にα-リノレン酸はシソ油、エゴマ油、アマニ油などの植物油にも多く含まれているが、本来n−3ω系は海藻類、植物プランクトンなどに多く含まれる。食物連鎖の結呆、EPADHAが魚介類のほか、クジラ、トド、オツトセイなどの脂肪に多く含まれるようになる。α―リノレン酸はリノール酸系列の代謝を多くの酵素の段階で競合阻害し、アラキドン酸由来のエイコサノイドからの影響を和らげる。また、α―リノレン酸がエイコサペンタエン酸(EPA)、さらにドコサヘキサエン(DHA)に変換されると血小板凝集の抑制、血管拡張、アラキドン酸作用を抑制する。なお、DHAは脳、神経細胞の機能を働かせる作用をもつ。

 

)六系脂肪酸の摂取過剰

 

従来、コレステロールが動脈硬化の主要な危険因子であり、動物性脂肪はコレステロール値を上げるので悪玉、リノール酸の多い植物油はコレステロールを下げるので善玉という栄養指導が行われてきた。しかし、現在の食事スタイルで間違っている最も大きな問題は、植物性脂肪酸である六系のリノール酸(ベニバナ油など)を多く摂っていることで、リノール酸は生活習慣病やアレルギーを促進することが明らかとなった。このリノール酸の作用を抑制するのが、三系のα−リノレン酸(シソ油、エゴマ油)EPA(魚油)DHA(魚油)である。アトピー性皮膚炎や花粉症の患者が増えているのは、戦後の食生活の変化によるところが大きく、アレルギー反応を促進する六系脂肪酸の取りすぎが原因である。

 

)アラキドン酸

 

リノール酸はアラキドン酸の原材料となる。リノール酸を食べると体内で変換されてアラキドン酸となり、細胞膜成分であるリン脂質のグリセロール骨格に結合して存在する。アラキドン酸は細胞膜の構成成分であり、何らかの原因で細胞に刺激が加わると、リン脂質によって取り込まれていたアラキドン酸が遊離する。そしてロイコトリエン(LTA4) プロスタグランディン、トロンボキサンなどの種々の生理活性物質(エイコサノイドという)が作られ細胞機能の調節を行う。この代謝過程をアラキドン酸カスケードという。トロンボキサンA2は血小板を凝集し、プロスタグランディンI2はこの血小板凝集を抑制する。この二つがバランスよく機能すると正常な血流や血液凝固が保たれる。しかし、リノール酸を多く摂りすぎるとそのバランスがくずれ、トロンボキサンA2がより多く作られ、血小板凝集能が高まり血栓を作りやすくなる。

 

)起炎物質によるアレルギー反応の促進

 

I相:抗原が入ると感作リンパ球から分化したTh2細胞からIL-4が分泌され、B細胞からIgE抗体ができる。IgEは肥満細胞の表面にあるリセプターと結合する。

II相:ふたたび、体内に同じ抗原が入ると、肥満細胞表  面にあるIgE抗体と反応し、その刺激が引き金となって顆粒内のヒスタミンなどの化学伝達物質が放出される。

III相:顆粒が放出されると、細胞膜(アラキドン酸で構成される)に存在するホスフォリパーゼが活性化され、アラキドン酸由来の起炎物質(ロイコトリエン、プロスタグランディン、血小板活性化因子など)が作られる。これらの起炎物質が過剰であると皮膚炎(LTB4)、喘息(LTC4LTD4)、鼻つまり(LTB4)、気管支収縮(PGD2)などのアレルギー症状を引き起こす。

IV相:6〜10時間後、遅発相反応(好酸球炎)が生じ、好酸球の細胞膜からも起炎物質が作られる。

 

)必須脂肪酸のω6/ω3バランスの重要性

リノール酸

γリノレン酸

アラキドン酸

種子、穀類

月見草油

肉類に少々

ベニバナ油

発酵油

 

マーガリン

大豆油

 

マヨネーズ

オイル

 

ドレッシング

 

 

大豆、ひまわり

 

 

ラード、豚肉

 

 

 

リノール酸を摂りすぎると体内がアラキドン酸で飽和され、アラキドン酸由来のエイコサノイドが過剰に産生されやすくなる。このエイコサノイドの産生過剰が多くの慢性炎症性疾患の悪化や発症率の増加、さらには肺癌、乳癌、大腸癌、前立腺癌、膵臓癌などの欧米型癌発症率の増加や、アトピー性皮膚炎や花粉症の発症にも関与すると考えられている。

 

アレルギー反応はアラキドン酸から作られるロイコトリエンなどの起炎物質により促進される。従って、アレルギー過敏症を予防するためには、アラキドン酸のもとであるリノール酸を減らすことが大切である。三系脂肪酸(αリノレン酸、EPA,DHA)を増やすと、アレルゲンが人っても起炎物質の産生が抑制され、アレルギー反応が起きにくくなることが証明されている。わが国では現在、カロリーの6.4%が六系で、1.6%が三系であるが、アレルギー体質を改善するためには六系/三系比率を2くらいに下げることが望ましい。

 

)アレルギー疾患の予防

αリノレン酸

エイコサペンタエン酸

ドコサヘキサエン酸

葉根

魚介類

魚介類

 

植物プランクトン

海藻類

海藻類

 

シソ油

 

 

 

大根

 

 

 

ニンジン

 

 

 

葉菜

 

 

 

 

日本人は先進国の中でも魚介類を最も多く摂取しており、平均的な量を摂取していればα-リノレン酸はほぼ満たしている。その反面、日本では総脂質に占めるリノール酸の割合が先進国中で最高レベルであり、これを減らす努力が必要である。戦後の日本人の食生活は西欧化しサラダ油や乳製品、肉類など脂肪の摂取が増えている。これらの中にはリノール酸やアラキドン酸が多く含まれ、アレルギーを起こしやすい体質となっている。一方、和食には、脂肪が少なく、青魚や海草などにはアレルギーを起こしにくいEPA,DHAなどが多く含まれている。

 

現在の日本人の平均的な魚介類摂取量(88.2g/日:マグロ刺身一人前5〜6切、ブリの切り身中サイズ一切など)を維持しつω−6/ω−3比を二に近づけるためにはリノール酸を多く含んだ油をどう減らすかである。ω−6/ω−3比の高いサフラワー(紅花)油や高リノールタイプのマーガリンを避け、ω−6/ω−3比の低い莱種油(キャノーラ油)などに代える必要がある。また、マーガリンの代わりに少量のバターかオリーブオイル(オレイン酸)の使用が勧められる。

 

アレルギー疾患を予防するためにはリノール酸の多い食用油とそれを使ったマーガリン、マヨネーズ、ドレッシングなどを減らし、野菜類や魚介類を多く食べるようにして、血液中の必須酸系脂肪酸のバランスを改善することが重要である。

 

9)リノール酸過剰摂取の問題点

現在はリノール酸の過剰摂取によりアラキドン酸が増えており、種々の悪影響が懸念されている。

1)   アレルギー性過敏症・・・・肥満細胞や好酸球からのアラキドン酸からロイコトリエン、プロスタグランディンなど炎症性メディーターが亢進する

2)   炎症性大腸疾患(クローン病、潰瘍性大腸炎)の増加

3)   発ガンの促進・・・・炎症の持続と活性酸素による遺伝子の障害

4)   血栓性の亢進・・・・アラキドン酸からトロンボキサンA2が分泌され、血小板凝集能をあげる。

 

10)戦後の栄養指導

戦後からコレステロールが動脈硬化の主要な危険因子であり、動物性脂肪はコレステロール値を上げるので悪玉、リノール酸の多い植物油はコレステロールを下げるので善玉という栄養指導が長く行われていた。しかし、リノール酸の血清コレステロール低下作用は総エネルギー摂取量に占めるリノール酸の比率で変化し、リノール酸摂取量が15%を超えると血清コレステロール低下作用がなくなり、同時にHDL−コレステロール値が低下することがわかった。さらに、リノール酸投与によりコレステロールが肝臓や動脈壁に貯まるので、一過性には血清コレステロール値は低下するが、肝臓が適応変化(代謝応答)すると、コレステロールを血中に出し始めるので、長期的には血清コレステロール値を低下させない。