国民病といわれる花粉症の対策

 

)はじめに

 

1963,栃木県日光地方で発見されたスギ花粉症は,いまや国民の十人に一人,1300万人が患う“国民病“となっている。スギ花粉症の患者にとって春は憂うつな季節であり,くしゃみ,鼻水,流涙,時には頭も朦朧として仕事,勉強も手につかないこともある。花粉症増加の要因として,アレルゲンであるスギやダニなどの増加,大気汚染,食生活の変化,ストレス,感染症の減少など種々の報告があるが,単一の要因のみでは説明できない。

 

)経済損失

 

花粉症による経済損失は年間2860億円になると試算されている(右図)。入学試験,予算策定,決算,納税申告など春は特に神経を使う時期であることをも勘案すれば損失額はさらに増大しよう。日本の花粉症は四十年も前に確認されたが,対策は遅れ根本的な治療法はいまだ確立されていない。スギ花粉症患者の9割以上が翌年も発症する。戦後日本ではスギ,ヒノキを優先的に植林したが、材木としてのスギは外国産に抑えられ需要が減ってしまった。そのため、多くが伐採されずに残り、スギ花粉が大量に散布されるようになった。昭和20年後半から30年中頃にかけ小,中学校ではストーブに薪を燃やして教室を暖めた。その際の火付けに乾燥させたスギの枝を使っていた。現在の石油に頼ったストーブではスギの枝の使い道はない。今後はスギを材木として利用し(公共の建物などから始める),,中学校のストーブを薪に代え(子供が火のつけ方を覚える,マッチの怖さを肌で感じるなど教育的見地からもよいことと思う)るなど,今までの石油に頼った生活を見直さなければならない時期が来るであろう。

 

)大気汚染の関与

 

花粉症の増悪因子の一つとして大気汚染が注目されている。大気汚染といえば以前は工場からの排煙,自動車の排気ガスなどに含まれる有機物質が喘息の原因として問題になった。現在,花粉症と関係があると考えられている大気汚染物質は、浮遊粒子状物質の大半を占めるディーゼル車排ガス中の細かいスス(DPE)である。200043日付産経新聞の「日本人よー鈍感と怠慢が,国と人を滅ぼす」という題で東京都の石原知事が「ヨーロッパに比べ粗悪な軽油燃料による大気汚染を,その淘汰のための技術も財力も十分備えていながら先進国の中で日本だけが放置してきたという現実は、それらがもたらした現況への鈍感な認識か怠慢としかいいようがない。昨今テレビではしきりに花粉情報を流しているが,都会に猖獗(しょうけつ)している花粉症などという現代病は,都会の黙示録的な大気汚染のもたらす複合的な疫病に他ならない」と指摘した。そしてディーゼル車の排気ガスを減らすため,課税強化と基準値を超えるディーゼル車の締め出しを決めた。この提案が全国に波及し大気汚染物質が少なくなれば花粉症の増加を食い止めることはできるだろう。戦後の高度成長で道路のほとんどはアスファルト舗装され,都市部ではコンクリートビル,舗装された駐車場が大部分を占め,花粉や排ガスを吸収する場所が激減した。そのため大量の花粉が浮遊することとなり、花粉症は一種の大気汚染といえなくもない。

 

)和食を主とした食事を

 

喘息,アトピー性皮膚炎,花粉症などのアトピー疾患は戦後増加しているが,アトピー性皮膚炎や花粉症は65歳以上の老人には少ない。彼らの話では米,,野菜,大豆などの和食が主であり,仕事をして体を動かすようにしているという。戦後の日本人は欧米の文化を取り入れ、肉やバターを主とした高蛋白,高脂肪の食事が多くなった。そして運動不足も加わって肥満,糖尿病,高脂血症,高尿酸血症が増えつつある。最近ではリノール酸の過剰摂取がアトピー疾患の増加の一因であることが明らかとなった。

 

花粉症というのは罹患している人でなければその苦しみはわからない。くしゃみ,鼻水,流涙,眼の痒みひどい場合は鼻閉のため睡眠障害をきたす。そして花粉症の患者は年々増加し、現在では2000万人に達すると推定されている。東京では5人に1人が花粉症に罹患し(右図)、対策はいわゆる対症療法であるので,患者の増大に伴う経済損失は増える一方である。長期的には生活を改善し,スギ材を利用して花粉を減らし,ジーゼルからの排ガスを減少させる必要がある。

 

平成125月「循環型社会形成推進基本法」が制定され、21世紀の日本を「循環型社会」に変えていこうという運動がはじまった。循環型社会は資源は有限であることを認識し,他の生物との共存を図り,天然資源の消費を抑制し環境への負担を軽くする社会を目指している。私たち人間は十九世紀ごろから地球という微妙なバランスの上に成り立つ生態系の中で,化石燃料を掘り出して,地球の生態系の回復速度に見合わない速さで化石燃料を燃やしてきた。きのうより今日,今日よりあしたが大きくなれば幸せという拡大型経済を追求してきたが,地球は有限で無限の拡大はあり得ないことは明白である。石油に依存することなく、自然の植物を有効に利用し,花粉や大気汚染物質を減らすように努めねばならない。幸せとは何か,豊かさとは何かをもう一度問い直し,循環型社会に向けて人類全体で考えていく必要がある。

 

最後に先日(2001.4.2)読売新聞の浅羽雅晴編集委員の書いた「花粉症」についての一部の文章を引用する。「考古学研究では花粉を調べて過去の年代にどんな樹種が繁栄していたかがわかるという。文明の盛衰にどうかかわったかの推定に用いることもできる。ギリシャ・ローマ文明の崩壊した理由の一つが,森林の皆伐だったことが花粉分析から明らかになり,恐竜撲滅の原因にも花粉説があったといわれ,国民病の花粉症もあなどりがたいと思う。ひょっとすると,未来の歴史家たちは,花粉で埋め尽くされた日本についてこんな憶測をするかもしれない。『二十世紀に奇跡的発展を遂げたが,二十一世紀前半に衰退した原因は,実は花粉による健康障害が影響していた』と。」今後いつかこのようなことが現実にならなければとよいがと心配する。個人個人を含め,国や,社会が根本から今までの社会構造や価値観を考え直す時期がきている。そして,花粉症の予防,および予防治療の重要性を認識し、花粉症の若年化と難治化を防ぐようにしなければならない。