化学物質過敏症(シックハウス症候群)

 

)はじめに

 

いまから約40億年前,誕生から約6億年が過ぎた原始地球の表面は海で覆われ,小天体が落下しては爆発が起きていた。海底火山が噴火し,上空では雷鳴がとどろく。これらのエネルギーを使ってアミノ酸や糖,核酸塩基などの生命の素材が生まれ,海洋中で複雑に組織化され生命ができたといわれる。地球46億年の歴史を1年というカレンダーにまとめ,地球誕生の日を11日とすると,微生物の誕生は325,人類の登場はようやく1231日午後730分ということになる。人間は十九世紀頃より,地球という微妙なバランスの上に成り立つ生態系の中で化石燃料を掘り出した。そして地球の生態系の回復速度に見合わない速さで化石燃料を燃やし,いろいろの化学物質を作ってきた。人類誕生から約100万年になるがこの二十世紀のわずか100年の間に約15万種類以上の合成化学物質が世の中に送り出された。

 

)生活の豊かさの代償

 

我々は多くの化学物質により生活の豊かさ,便利さ,快適さ,食糧の増産,伝染病の激減などさまざまの恩恵を受けてきた。しかし最近になって,公害,発がん性,過敏症,生殖機能異常,地球環境への影響など化学物質によるさまざまなマイナス面が出てきた。その中で注目されているものに化学物質過敏症がある。別名[20世紀病][環境病]とも言われ,アレルギーに次ぐ現代病と考えられ,ごく微量の化学物質によってさまざまな症状を引き起こす。シックハウス症候群という言葉は、住宅に起因する健康被害全般を捉えたものであるが、化学物質過敏症は必ずしも住宅だけではなく、もっと広い意味の化学物質によりいろいろな体の変調をきたすものを言う。例えば衣類の防虫剤、防虫家具、トイレの芳香剤、塩化ビニール、発砲系の断熱材などによる。

 

)定義

 

化学物質過敏症(Chemical Sensitivity)とは「特定の物質に接触し続けていると,後でわずかなその化学物質に接触するだけで頭痛など種々の症状が出てくる状態」をいう。すなわち微量の化学物質を長い期間体内に摂取すると、ついには,体の耐性の限界を越えてしまう。その後は微量の化学物質に曝されるだけで目,,のどの痛み,頭痛,倦怠感,アレルギー症状などの症状を引き起こすが個人差が大きい。一つの物質に対して過敏になると,他のいろいろな種類の化学物質に対しても次々と過敏になる傾向がある。これを「多種類化学物質過敏症」(Multiple Chemical Sensitivity)という。

 

)症状 

 

障害

症状

自律神経症状

発汗異常,手足の冷え,易疲労性

精神症状

不眠,不安,うつ状態,不安愁訴

末梢神経症状

のどの痛み,渇き

消化器症状

下痢,便秘,悪心

眼科的症状

結膜の刺激症状

循環器症状

心悸亢進

免疫異常

皮膚炎,喘息,自己免疫疾患

シックハウス症候群というのは病気の家という意味で、新建材などに含まれる化学物質が原因で皮膚傷害をはじめとするいろいろな健康被害が出る病気の総称である。有害物質としては壁紙を貼る接着剤や合板に含まれるホルムアルデヒドが有名で、塗料に含まれるトルエン、木材やカーペットに広く使われている防虫剤、シロアリ駆除剤などある。今まで住んでいた家では何ともなかったのに、新しい家に引っ越してから目がちかちかする、涙が出てくる、鼻が出てくる、車に酔ったような感じがする、顔がヒリヒリするなどの症状が出る。

 

)原因物質

 

化学物質

殺虫剤,除草剤,抗菌剤,可塑剤

有機溶剤

塗料,クリーナー、シンナー,芳香剤

衣料

絨毯,カーテンに含まれる防炎・可塑剤

金属

貴金属,重金属

その他

タバコ煙,家庭用ガス,排気ガス,大気汚染物質,医薬品

ホルマリン,キシレン・トルエンなどの住宅建材のほかに私たちが日常使っているプラスチック製品(可塑剤・安定剤・酸化防止剤)、香水や化粧品(殺菌剤・防腐剤・着色料・ホルモン剤)、合成洗剤(界面活性剤・酸化防止剤・保存料・金属封鎖剤)、ドライクリーニングの溶剤(トリクロロエチレン)や殺虫剤・防虫剤・殺菌剤などの薬剤(有機リン系・ピレスロイド系)、酸化窒素物(NOx)や硫黄酸化物(SOx)、アスベスト,ダイオキシンなどの大気汚染物質、携帯電話、パソコン、電子レンジから発生する電磁波なども化学物質過敏症の原因となる。私たちの日常生活は化学物質に囲まれているといっても過言ではない。

 

)シックハウス症候群

 

新築マンションや改築したばかりの家に入居した途端,目が痒くなったり,咳き込んだり,なぜかイライラしたという経験はないだろうか。この症状がシックハウス症候群(新築病)というものである。新築の住宅では,壁や床などの塗料からホルムアルデヒドと呼ばれる有害物質が放出され,アレルギー症状を悪化させたり,のどの痛み,目がチカチカしたり,めまいがする。また, 建材,塗料,防虫剤などに含まれるキシレン,トルエン,可塑剤などの揮発性有機溶剤,白あり駆除剤や農薬,防虫剤に使われる有機リン系殺虫剤なども原因となる。ホルムアルデヒドは新築の家では温度や湿度が高くなると揮発しやすい。室内にある有害な化学物質は現在までにわかっているだけで十数種類あり,私たちはそれらの化学物質に囲まれて暮らしている。

 

)シックスクール症候群

 

シックスクール症候群といって,学校へ行くと同じような症状を呈して学校へ行けなくなる子供たちがみられることもある。床掃除に使うワックス,教科書のインクに過敏となる生徒や,理科の実験に用いられる揮発性溶剤などに反応する。これらシックハウス症候群,シックスクール症候群は化学物質過敏症の一部である。

 

)自律神経失調

 

最近は原因のはっきりしない病気はアレルギー性のもの,化学物質過敏の症状を呈する場合は神経症,更年期障害などと診断されている。アレルギーは体の免疫機構異常を伴うが,化学物質過敏症は自律神経異常を伴う。人間の体の中では,自律神経と免疫機構、および内分泌系とは密接に関連し,化学物質過敏症からアレルギー症状へ変わることや内分泌に異常を伴うこともある。内分泌系に影響があるのは環境ホルモン(内分泌かく乱化学物質)である。

 

)環境ホルモン

 

環境ホルモンは精子減少、乳がん、精巣がんの発生に関与しているが、最近では胎児の脳に影響を及ぼしているらしい。登校拒否,学級崩壊,家庭内暴力,いじめ,少年犯罪の増加などは環境ホルモンが誘因かもしれない。環境ホルモンの代表としてはダイオキシン(塩ビなど塩素系製品を燃やす際に発生。猛毒性で発がん物質と考えられている)、ビスフェノールA(ポリカーボネートなどプラスチック製品の原料。いままで哺乳瓶に使われていたが熱湯で物質が溶け出すとして問題なった)、フタル酸エステル(塩ビなどプラスチックの柔軟剤,化粧品原料)、ベンゾフェノン(室内芳香剤,香水,日焼け止め化粧品)、ノニルフェノール(洗剤の界面活性剤)、ペルメトリン(ピレスロイド系殺虫剤)(家庭用殺虫剤)、アトラジン(除草剤)などがある。新築や改築時,接着剤,壁紙などから環境ホルモンが室内に充満することがあり,有機溶剤やフェノールという名前のついた接着剤は使わないほうが良い。生活用品としてよく使われている芳香剤、化粧品、スプレー、殺虫剤、防虫剤なども考え直す必要がある。

 

10)電磁波とアトピー性皮膚炎

 

最近では電磁波が大きな問題になっている。例えばコンピュータソフトを作っている会社に勤めてから発症した患者は電磁波による過敏で増悪するが、休日は皮膚症状が軽くなるという。量販店で働き出してから発症した患者はダンボールを開けビニール袋を取り外すときに、皮膚がヒリヒリすると訴える。スーパーのレジで働いている患者は品物の値段を感知するバーコードを使う際、なんとなく皮膚に刺激感があるという。これらは成人型アトピー性皮膚炎と診断されている。今まで普通の生活をしていたヒトが、会社に勤め始めてから顔面に発疹が出現し、次第に全身に拡がって来た。アトピー性皮膚炎を発症するのにテレビ、パソコンの使いすぎによる電磁波の影響があると思われる。電磁波過敏症の人は高圧線に近づかないことや携帯電話の使用を制限したほうがよい。

 

11)アトピー素因と化学物質過敏

 

化学物質過敏は大部分の人ではほとんど問題にならないが、アトピー素因のある患者ではかぶれ様の症状が出やすく、難治性となる。患者自身も化学物質によるとは考えてもみなかったことで、今までどうして皮膚炎が生じたのか理解出来ないことが多い。新築,リフォーム,転居などがきっかけで,アトピー性皮膚炎が増悪する例が少なくなく、原因と思われる化学物質に触れなくなると皮膚症状もよくなってくる。

 

12)おわりに

 

開放的だった昔の住まい,そして自然の素材に囲まれて生活していた時代には,アトピーだの化学物質過敏症だのとわけのわからぬ病気になる心配はなかった。医療従事者は患者を診察する際に、いろいろな角度から病気を診断し、治療する必要がある。アトピー性皮膚炎の診断、治療も同様で、難治性といわれる顔面潮紅型も、化学物質過敏などの増悪因子見つけ出すよう努力したい。