ワクチンについて

 

ヒトには外部から侵入した細菌やウィルスなどと戦う「免疫力」が備わっている。あらかじめ毒素を弱めた細菌やウィルスを少量注射することで、ヒトの免疫細胞にそれらに対する抗体を作らせることができる。そして次に同じ細菌やウィルスが侵入してくると、記憶している抗体産生細胞が増殖し大量の抗体を作る。その抗体が細菌やウィルスを排除して発病を防ぐという免疫のしくみを利用するのがワクチンである。

 

1)ワクチン療法

 

1798年、イギリス医師、E.Jennerは牛痘ウィルスを人に接種することにより、当時猛威をふるっていた天然痘が予防できることを発見した。L. PasteurはE.Jennerの功績をたたえ、接種する弱毒性微生物をワクチンと呼んだ。その語源はラテン語のVacca (雌牛) とVaccina (牛痘) であると言われる。彼は炭素菌、狂犬病などの弱毒ワクチンを作製し、ワクチン接種により感染が予防できることを証明した。そして免疫は病気に対する抵抗性の獲得であるという概念を確立した。

1890年、Behring、北里は免疫反応が特異的な反応物質(抗体)より生じることを明らかにした。彼らは破傷風の毒素を注射した動物の血清(抗毒素)を、他の動物に注入することにより破傷風の毒素を中和できることを、免疫の実体が血清中の物質(抗体)であることを証明した。また抵抗性の獲得のためには、個体が実際の病気を経験しなくてもその物質(抗体)の投与を受けるだけで可能であることも明らかにした。免疫の獲得には病原菌のみならず毒素という比較的単純な物質でも可能であり、ここからワクチン予防が始まったといえる。

 

2)種痘ワクチン

 

ここで種痘ワクチンの免疫反応を考えてみる。天然痘をおこす痘瘡ウィルスも、牛痘を起こす牛痘ウィルスも、ポックスウィルスというグループに属している。ヒトに牛痘ウィルスを接種すると、ヒトに軽い牛痘感染が起きると同時にポックスウィルスに対する抗体が出来る。その抗体はBリンパ球に記憶される。もし牛痘ウィルスに似た痘瘡ウィルスが侵入しても、記憶しているB細胞がすみやかに大量の抗体をつくる。ウィルスが体内で増殖する前に抗体がウィルスを攻撃するので、天然痘は発症しない。

 

3)免疫学的記憶

 

ハシカ(麻疹)に自然感染したときの免疫反応を考察する。麻疹ウィルスが体内に入るとB細胞がウィルスを排除しようとIgM抗体を作る。IgM抗体は分子量が大きいが寿命が約5日と短いので、すべてのウィルスを退治できない。残りのウィルスが増殖し始めると今度はB細胞がIgG抗体(免疫グロブリン)を作る。IgG抗体は寿命が23〜28日と長くウィルスとの結合力も強いので、ウィルスが除去される。このようにしてハシカは治癒するが、同時にB細胞は麻疹ウィルスの抗原性を記憶する。これを「免疫学的記憶」という。

翌年ふたたびハシカが流行、麻疹ウィルスが体内に侵入しても、記憶していたB細胞が即座に大量のIgG抗体を作り、ウィルスを排除するのでハシカは発病しない。だから一度ハシカに感染すれば、一生かからないというわけである。

 

4)細菌、ウィルス感染に対してはワクチンによる予防が決めて

 

免疫の記憶機能を利用したのが、ワクチンを使った予防である。ハシカ、天然痘、日本脳炎などを毒性を弱めて接種すると、それに対する抗体ができ、Bリンパ球が抗原(ワクチン)を記憶する(免疫学的記憶)。次回に同じウィルスが入ってきても、すぐに免疫記憶細胞が抗体を作り感染を予防する。免疫記憶細胞は数十年も生き続け、それぞれのウィルスに対して別々に反応する。これを特定の抗原にのみ反応するという意味で特異的反応という。例えば風疹ウィルス抗体を作るリンパ球は風疹ウィルスのみ攻撃し、日本脳炎ウィルスには反応しない。

 

5)ワクチンの種類

 

現在は2種類のワクチンが用いられている。

a)生ワクチンと呼ばれるものは、生きてはいるが病原性が低いウィルスを接種するもので、弱毒生ワクチンという。ハシカ(麻疹)、風疹、ポリオ、おたふくかぜ、水痘、BCGなどが生ワクチンである。

b)不活性化ワクチンは、ウィルスを殺して感染力を奪ったもの。インフルエンザ、日本脳炎、B型肝炎、DPT(ジフテリア、百日咳、破傷風)が不活性化ワクチンである。なお、最近ではポリオも不活性化ワクチンが使われることがある。

 

ワクチン接種による副反応(発熱、発疹、痙攣など)は生ワクチンの場合は、接種後1〜2週間に生じるものが多い。また、不活性化ワクチンによる副反応はほとんどが接種後2日以内である。細菌に対しては抗生物質という強力な治療法があるが、ウィルス感染に対しては、いくつかの例外を除いて特効薬はない。そこで大切なのがワクチンによる予防である。なお細菌ではジフテリア、百日咳、破傷風などのワクチンはできるが、コレラ菌、赤痢菌などにはワクチンができない。これらの細菌はリンパ球に記憶されにくい抗原のようで、なぜ細菌の抗原性に対する記憶の強弱があるのかは不明である。