蛋白除去食療法に気をつけて
1)乳児脂漏性湿疹
皮膚科専門医以外の先生方は簡単にアトピー性皮膚炎と診断するが、実際はアトピーの診断は難しい。アトピー性皮膚炎の乳児湿疹型は生後3ヶ月頃から両頬と頭に乾燥性の鱗屑と、痒みの強い小水疱性丘疹を伴う紅班が現われ、掻破によりジクジクしてくる。約半数は数ヶ月から2年以内に消退するが、残りは苔癬化して小児期のアトピーへと移行する。一方、乳児脂漏性湿疹は、黄色・脂漏様の鱗屑を被り、比較的境界明瞭な紅班が頭・顔・頚・陰部・間擦部などに見られる。その両者を鑑別するのは難しいので、一歳を過ぎてからアトピー性皮膚炎かどうかを診断すればよい。
2)蛋白除去食療法
アトピー性皮膚炎は1930年代前半にSalzbergerらが提唱した疾患概念であるが、彼らはこの病気が食物アレルゲンに対するI型アレルギー、すなわち食餌アレルギーと考えて、除去食療法を推奨した。乳児期では食餌アレルギー(卵、牛乳、大豆などに対するIgE抗体)の存在は認められるが、皮疹と食物の関係は明らかでないことが多い。Salzbergerらが大部分の乳児期の湿疹をアトピー性皮膚炎と診断し、除去食療法を勧めたので、わが国では小児科医を中心に蛋白除去食療法が行われた。しかし私は乳児に蛋白除去食を中心とした食事制限は百害あって一利なしと考えており、約10年前ある新聞に投稿した原稿の一部を記述する。
「アトピー性皮膚炎と食事アレルギーの関連が、新聞、テレビ、雑誌などマスコミをにぎわしている。アトピー性皮膚炎はいわゆるアトピー体質を基盤として発症する特有な臨床像と慢性経過をとる皮膚炎で、皮膚科医を悩ます難治性疾患の代表です。しかし最近では乳児期の湿疹様病変をアトピー性皮膚炎と簡単に診断し、卵、牛乳などのたんぱく質を制限するとアトピー性皮膚炎が治癒するがごとき一種のドグマチィズムが見られることは誠に残念である。時には、大豆、白米まで制限され、ひどい例では、栄養失調寸前の患児も見られる。果たして臨床医がこれほどまでに乳児に食事制限することにどんな意味があろうか。 昭和一桁生まれの世代に脳出血、クモ膜下出血など脳血管障害が他の世代より多く見られることは、周知のことである。その原因として昭和一桁生まれの人は戦争の影響で発育盛りの時期に蛋白質などの栄養が不足し血管が脆いためではないかと考えられている。私は同様の理由から乳児脂漏性湿疹をアトピー性皮膚炎と診断し種々の食事制限を行うことは、子供たちの将来に何らかの影響があるだろうと危惧します。アトピー性皮膚炎は喘息、アレルギー性鼻炎、蕁麻疹などを合併する体質的要素が強い疾患で、蛋白質などの食事制限で治癒するとは到底考えられず、むしろ発育障害のほうが問題であろう」。
3)除去食療法を考え直そう
今でもこの考え方は変わっていない。乳児期の湿疹様病変は特に何もしないでも自然治癒することが多い。痒みのひどい時は、弱いステロイド軟膏を使用するか、抗ヒスタミン剤内服だけでよいと考え蛋白除去食を中心とした食事療法に反対する。また、乳児期の食物に対するIgE抗体が高率にみられるが、成長とともに消失し、ダニアレルギーが主体となる。皮膚科専門医でない先生方は簡単に乳児脂漏性湿疹をアトピー性皮膚炎と診断する傾向があり、また患児の母親もなんの疑問もいだかないのが問題である。